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20140117 無回転サーブ

たまに思い出すんだけど、あれは僕が高校生だった頃。
学園祭のバレーボール大会。
僕は中学時代にバレーボール部員だったから、無回転のサーブが打てた。
無回転のサーブはレシーバーの手元でブレるため、素人にはほぼ対応できない。
たぶん連続で10点以上決めたあとだったと思う。(当時は15点制なので大勢は決していた)
ボールはネットを大きく超え、ラインを大幅にまたいだ。
僕は打ち損じた。

試合の後、友達に
「あの時、わざと外しただろ」って言われた。

僕はわざと外したのだろうか。
否、わざと外そうとは決して思ってはいない。
しかし、そのサーブを打つ前に考えたのは、
「このまま僕のサーブだけで試合が終わってしまったら、試合として面白くないな」
ということだった。
そうして、サーブを打ったら、外れた。

これを思い出すたびに「僕はそう考えるべきだったのだろうか」と思う。

試合の面白さを考慮したことは、「空気を読んだ」もしくは
「エンターテイメント性を重視した」と評価されるものなのだろうか。
そうかもしれないと思っていた。

でも、僕はサーブを外すことを考えるべきではなかった。
一人ですべての得点を入れるよう努力すべきだった。
本気を出す練習をすべきだった。
本気を出して、自分にプレッシャーをかけて、
サーブを外さないように細心の注意を払うべきだった。
その結果、外してしまったのなら、しょうがない。
平素、外してもいいやと考えていると、
本当に外してはいけない場面で冷静に振る舞えなくなる。
プレッシャーに負けてしまう。

大人になってから、あの時、真剣にやっていればと思うことが多い。
僕が負ければ周りが楽しいのではないか、ではやってられないことが多いのだ。
本当に外してはいけない場面が多いのである。
(ある意味、やな世の中なのかもしれない)

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